
2017
05.19
茨城県出身の力士 常陸山谷右衛門
5月14日に、大相撲5月場所の初日を迎えました!
私は個人的に、茨城県出身の横綱 稀勢の里、大関昇進を目指す 高安に注目しています。
そんな彼らの大先輩を紹介したいと思います。
茨城県出身の第19代横綱 常陸山谷右衛門です。
常陸山は、明治7(1874)年1月19日、旧水戸藩士 市毛高成の長男として生まれました。
曽祖父は9代藩主 斉昭の弓術師範、祖父は弘道館鉄砲師範、父は北辰一刀流の名手という武道一家でした。
水戸中学校(現・茨城県立水戸第一高等学校)3年生の時、父の事業失敗により中退して上京。
その怪力ぶりから、叔父に勧められて水戸出身の4代目出羽ノ海虎吉の下に入門。明治25(1892)年、御西山谷右衛門として初土俵を踏みました。その後明治27(1894)年に常陸山と改め、明治36(1903)年に横綱昇進。
同時に横綱昇進を果たした梅ヶ谷とともに相撲界を大いに盛り上げ、明治42(1909)年の常設相撲場(現・両国国技館)開設につなげました。また、弟子を連れて外遊し、アメリカでルーズベルト大統領に謁見。ホワイトハウスで横綱土俵入りを披露しています。
明治32(1899)年の入幕から大正3(1914)年の引退までの約16年間32場所の成績は、150勝15敗24引き分け。
人格・力量に優れ、「角聖」と称されました。
引退後は年寄 出羽ノ海を名乗り、3横綱4大関など多くの幕内力士を育成、相撲協会取締役として、力士の地位向上に努めて相撲界隆盛の礎を築きます。
その功績により、大正11(1922)年に亡くなった際は、相撲協会葬で葬られました。
茨城新聞社・発行『茨城 歴史人物小事典』参照
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